【読書】『ちゃんと話すための敬語の本』で敬語とはなんなんだ?を学ぶ


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概要 ▶ 『ちゃんと話すための敬語の本』(橋下治著・ちくまプリマー新書)を読みました。実は買ってあったけど2年くらい放置してあったんじゃないかな…(汗)。本棚にずっと入りっぱなしだったし、最近若いスタッフさんの話し方で少し思うところがあって読んでみました。この本は『「いったい敬語ってなんなんだ?」ということを考える本』(まえがきから)です。敬語はどうやって使うのかというより、その前の敬語は何のためにあるのか
『ちゃんと話すための敬語の本』(橋下治著・ちくまプリマー新書)を読みました。


実は買ってあったけど2年くらい放置してあったんじゃないかな…(汗)。
本棚にずっと入りっぱなしだったし、最近若いスタッフさんの話し方で少し思うところがあって読んでみました。

この本は『「いったい敬語ってなんなんだ?」ということを考える本』(まえがきから)です。
敬語はどうやって使うのかというより、その前の敬語は何のためにあるのかというところに軸をおいて話が展開されています。

目次


  • 「先生がいらっしゃった」と言いますか?
  • 「ねェ、先生」はいけないのか?
  • 敬語がはやらなくなったわけ
  • 三種類の敬語
  • 正しく使うとへんになる敬語
  • 見上げれば尊いけど、見上げないと尊くない先生
  • 「目上の人」ってどんな人?
  • 「えらい人の世界」はたいへんだ
  • 敬語ができあがった時代
  • 尊敬したくない相手に「尊敬の敬語」を使う理由
  • えらい人はなぜ「先生」と呼ばれるのか
  • 「えらい人」がえらそうなわけ
  • だれがだれやらわからない日本語
  • 「えらいか、えらくないか」しか考えなかった日本人は、「自分のこと」しか考えられない
  • 日本語には豊かな表現がある
  • 敬語は時代によって変わる
  • やっぱり敬語が必要なわけ
  • 大昔の中国人は「丁寧」という楽器をボワーンと鳴らした


敬語を使うシーンはどこか


敬語はよくいわれるものに「尊敬・謙譲・丁寧」のカテゴリーがあって、相手によって使い分けるということが言われますね。

しかし「尊敬」と言われても、「尊敬」の対象となる人のみに「尊敬」の敬語を使えばよいかというとそうではありません。

この文字から来る印象と実際の作法とがずれているために敬語というものがややこしくなっているのではないでしょうか。



『ちゃんと話すための敬語の本』では以下の様に敬語を使うシーンを定義しています。


敬語というのは、「人と人とのあいだにある距離」を前提にして使われる言葉なのです。だから「その距離を縮めたい」と思ったら、その分だけ、敬語はなくなっていきます。逆に、「近よってほしくない。距離があった方がいい」と思ったら、敬語は増えていくのです。


筑摩書房 ちゃんと話すための敬語の本(P25) / 橋本 治 著


あくまで「距離感」の問題で、偉いとか偉くないとかそうしたことから定義すると敬語が「現代」ではおかしくなってしまうということを『ちゃんと話すための敬語の本』では様々例を挙げて取り上げています。


もちろん基本的な敬語の3つの種類「尊敬の敬語」「謙譲の敬語」「丁寧の敬語」に対しての説明もあります。

要点としては以下の部分になるでしょう。


②「尊敬の敬語」と「謙譲の敬語」は、自分よりワンランク上の人に使うが、「丁寧の敬語」は、相手のランクとは関係ない。


筑摩書房 ちゃんと話すための敬語の本(P32) / 橋本 治 著


つまり丁寧の敬語をいくら使っても、それはあくまで丁寧に言っているだけで、相手への距離感はあまり関係ないということです。



敬語は現代では不要なものなのか?


先ほど「現代」においては敬語を偉いとか偉くないで使用するとおかしくなってしまうと書きましたが、「過去」においては偉いとか偉くないとかの上下のランクが官位や士農工商などによって定まっていた時には有効でした。国家・社会が人のランク付けを行っていたからです。国家・社会が人のランク付けを行っていた時代では「尊敬」「謙譲」の敬語は自分に対しての相手に対してのランクをわかりやすく表現するために必要なものだったのです。


当時の人たちは「尊敬」に値するから尊敬の敬語を使っていたわけではなく「国家が偉いとしているのだから、その人がどんな人であろうと半分仕方なく」尊敬の敬語を使っていたとも言えます(身分が違う人の間で頻繁に交流するものでもないですし、交流がなければ人柄がすぐわかるものでもないでしょう)。


同様のものは会社・組織でも言えます。会社・組織では社員・スタッフのランク付けを行っています。社長・部長・課長・係長などなど…。結果的には「会社・組織が偉いとしているのだから、その人がどんな人であろうと半分仕方なく」尊敬の敬語を使うことになります。

『ちゃんと話すための敬語の本』の中では年上・先生がなぜランクが上なのかということについても書いてあります。



現代の敬語というものは「自分と相手の距離を理解している」ということを相手に伝え、人間関係を円滑にするための手段です。

相手との距離を取ったまま関係を保っていきたければ、「尊敬の敬語」「謙譲の敬語」を使えば良いですし、もっと相手の距離を縮めたいと思えば「丁寧の敬語」かもしくは敬語を使わないというコミュニケーションが取れると思います。ただし、相手との距離を取ったままにせよ遠ざけたいにせよ縮めたいにせよ、言葉を掛けられた相手がどのように思うかを考えていないと、距離感やコミュニケーションの齟齬が生まれてしまいます。敬語を必要としない「親しい間柄の人との会話」を考えもなしにどこにでも使ってしまっては問題になるということです。


自分と相手


相手との距離を考える上で大切なのは自分と相手をどう捉えるかですが、日本語の相手に対してのおもしろい言い方について『ちゃんと話すための敬語の本』では書いてあります。


 英語では、「知らない人」が目の前にいても「YOU」と言えますが、日本語では、「目の前にいる知らない人」をさす代名詞がないのです。

 日本語の二人称の代名詞は、「知っている人」だけなんです。だから、「その人と自分とはどの程度に親しいのか、親しくていいのか?」と考えて、「きみ」と「あなた」と「おまえ」の使い分けをしているのです。


筑摩書房 ちゃんと話すための敬語の本(P88) / 橋本 治 著


さらに自分と相手を混同している例があるとして、関西系お笑いタレントの「自分、今なに言うたん?」と時代劇の「おのれぇ!」などを挙げています。言葉としては自分なのに結果としては相手のことを指しています。目の前にいる相手のランクがわからない=知らない人に対しての適切な言葉がなかったために出てきた表現とも言えるでしょうね。


『ちゃんと話すための敬語の本』では敬語は相手によって使い分けをしなくてはならないということに対して以下の様に書いています。


「相手によってどう言っていいかわからない:という日本語の欠点は、じつは、「人はそれぞれに違うから、違う相手にはどう接すればいいのかを考えなさい」ということでもあるのです。

筑摩書房 ちゃんと話すための敬語の本(P102) / 橋本 治 著


「よくわからないもの」を見て、「よくわからないから嫌いだ」というのは、とてもせっかちな決め方です。あなたが「よくわからない」と思うのは、その「よさ」もまたわからないからです。

「日本語はめんどうだから嫌いだ」と言う前に、「自分はまだ日本語の表現力の豊かさがわからないんだ」と思わなければなりません。

筑摩書房 ちゃんと話すための敬語の本(P103) / 橋本 治 著


最後に


社会ではよく知った間柄の人以外とのコミュニケーションも多くあります。

ブログやTwitterなどでは書き主が誰であろうとも他の人が誰でもコメントを書いたり、@を付けてメッセージを送ることが可能になっています。交流がなく、よく知らない人に対してのコメントの書き方ひとつで交流が始まる場合もありますし、言葉の使い方もわからないのかなと無視されて交流が始まりもしないこともあるでしょう。



「空気を読む」とはまた別の「相手との距離感」を把握して適切な敬語を使ってコミュニケーションを円滑にしていきたいものですね。



筑摩書房 ちゃんと話すための敬語の本 / 橋本 治 著
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